「認知症を正しく知ろう(1)~種類と症状、対処法~」では、認知症そのものに関する基本的な知識をご紹介しました。今回はコミュニケーション編。
認知症を患っても、感情や好き嫌いがあるのは健康な人と何も変わりません。互いにストレスを避け、円滑なコミュニケーションをとるために、認知症の人のメンタルや心理的ニーズなど、ぜひ知っておきたい基本の部分をご紹介します。
BPSDはコミュニケーションしだいで軽減できる
認知症の症状のなかでも、周囲との関わりのなかでおこる「行動・心理症状(BPSD)」は、特に対応が難しいものです。心理的なBPSDで代表的なものは「不安」「不眠」「妄想」「抑うつ」など。行動に現れるBPSDで代表的なものは「徘徊」「不穏」「身体的攻撃性」など。
しかし幸いなことに、中核症状が回復不能であるのに対して、これらBPSDは周囲との関わりのなかで起こるため、コミュニケーションの取り方しだいで小さく抑えることができます。
認知症の人のきもち
初期の場合は、日常生活に支障が出はじめ、本人も何かがおかしいことは気づいています。自分が思うことや感じることと現実の間にズレが生じ、今までやっていたことを同じようにしようとすると、強い脳疲労を感じるようになります。しかし認知症であることを受け入れるには、かなり高い心理的なハードルを超えなければなりません。
認知症が進行すると、慣れ親しんだ風景や場、今まで培った人間関係、さらには自分自身など、さまざまなものを失う不安と、これからどうなるのだろうかという未来への不安が、何をしていてもつきまといます。その心の負担を少しでも軽くするのが、認知症ケアにおけるコミュニケーションの第一目的です。
「パーソンセンタードケア(その人を中心とした最善のケア)」を提唱したイギリスの故トム・キットウッド氏によると、認知症の人の心理的ニーズの中心にあるのは「Love:愛」なのだそうです。それをとりかこむ5枚の花びらのように、「Identity(自分であること)」、「Comfort(なぐさめ)」、「Inclusion(共にいること)」、「Attachment(結びつき)」、「Occupation(たずさわること)」の5つの要素があります。
5つの要素は互いに影響しあい、認知症の人の「愛」に対するニーズを満たします。そうすることでその人らしさを保つ認知症ケアができると、キットウッド氏は言います。
(参考文献:Tom Kitwood著 高橋誠一訳「認知症のパーソンセンタードケア」筒井書房)
高齢者とのコミュニケーション、こんなコラムも参考に
>高齢者とのコミュニケーションがグンとうまくなる技5つ
コミュニケーションをとるときのコツ
では具体的に、周囲はどんなことに気をつけコミュニケーションをとれば良いのでしょうか。基本的なものを5つ挙げてみます。
- 1.忘れていることや間違っていることを指摘しない、正さない
- 2.ダメと言わない、怒らない
- 3.受け流しやバカにした態度をとらない、無視しない
- 4.「ごめんね」や「ありがとう」といった言葉を積極的にかける
- 5.認知症の人に判断を任せない
間違っていても忘れてしまうのですから、そのことをとがめたり、正したり、ダメだと言っても改善されるはずもなく、お互いにストレスがたまるばかりです。やったことを忘れているのですから、認知症の人からすれば、まったく身に覚えのないことで怒られているようなもの。周囲への不信感をつのらせてしまい、今後の介護にも悪影響を及ぼしかねません。
こちらが悪くなくても「ごめんね」と謝ったり、大したことでなくても「ありがとう」と感謝することで、認知症の人は自分に価値があることを確認でき、心の平穏を得ることができます。
認知症ケアに携わる人へ
認知症ケアのコミュニケーションのコツは、自分の我を抑え、認知症の人のペースに合わせることが基本になります。悪くなくてもこちらが折れたり、間違いを指摘することもしない。そんなケアを続けていると、どのくらいの意味ややりがいがあるのか分からなくなる、という悩みを持つことがあります。
たしかに、相手とのコミュニケーションのなかで、まったく自分を出すことができなければ、ほとほと疲れてしまいますよね。
そんなときにはできるだけ少し休むこと。そして、さまざまな問題行動の原因は本人のせいではなくて認知症のせいである、ということを思い出してみてください。そして、日々の関わりのなかで少しでもできることが増えたり、反応に変化があれば、そこにしっかりと目を向けてみてください。小さなことであってもそれが成果であり、がんばったご褒美です。きっとそこから大きな喜びを感じることができるでしょう。
ほんとうに豊かな社会とは
「もしかして、認知症かも・・・」そう思っても、なかなか診断を受ける勇気が出ない—それには認知症に対する世間の偏見もあるのではないでしょうか。「認知症になったら人生はおしまいだ」「何も分からなくなってしまうんだ」……そんな間違った固定概念に縛られていると、必要以上に認知症が怖くなってしまうのかもしれません。
戦後の混乱を乗り越え、高度成長期を経て豊かになった日本。でも成長や豊かさを追い求めるその一方で、弱い人の立場は後回しにされてきたような気がします。
ほんとうに豊かな社会とは、さまざまな価値観や個性を持つ人が、お互いに認め合い、のびのびと暮らしていける社会。認知症になったって、自分らしくやりたいことをやりながら、生きることをまっとうしたいと思うのはごく当たり前です。その当たり前が当たり前にできる社会にするために、まずは正しい知識をもつこと、誤った意識は変えるところから始めていけたらと思います。